中途半端の美学

カテゴリ:人生( 17 )


サラリーマン

中学、高校ぐらいの時はサラリーマンには絶対になりたくないと思っていた

才能のないやつがサラリーマンになると思っていた

しかし

今では自分も家庭を持つ立派なサラリーマン

そしてサラリーマンが社会を支えていると思うようになった

まともに子どもを育て

ちゃんと税金を払ってるやつはそれだけで偉い


身の程を知ったというかというか

丸くなったというか

あきらめたというか

えーちゃんのような

ビッグな男にはなろうとは思わない

家族が幸せならば

自分のことはどうでもいい


金をもっているやつはかなりの確率で家庭が崩壊している

金はあるにこしたことはないが

特に金を稼ぎたいとも思わない


これを負けととるかはどうかは人それぞれ


しかし時間ができたらやりたいことは腐るほどある



最近は60歳で

いかに気力と体力が充実した状態に持っていけるかを考えるようになった

後28年

子供の成長を楽しみながら

社畜として生きよう


ぶひぶひ





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by koji_endo | 2014-08-28 19:43 | 人生

野狐禅

という二人組みのミュージシャンがいる

野狐禅とは「悟ってもいないのに、あたかも悟ったような言い方をすること」

という意味である



生きてもないのに死んでたまるか

自殺志願者が線路に飛び込むスピードで生きていこうと思います

夢という言葉は夢をあきらめた人が作った言葉

遺書を書いたつもりがラブレターになった



胸に響く歌詞です

この人たちは

確実に自殺の一歩手前まで足を踏み込んでいたはず

病みすぎてていいです

そして何を言っても

「野狐禅」

という言葉が

帳消しにしてくれる

悟ってないですからと

まー聞いて見て下さい





生の肯定理由は何なのか??

と前から考えているわけで

なぜ人は生きていなくてはいけないのか??

ということです

小さい子に聞かれたら何と答えますか?



なぜ人を殺してはいけないのか?

なぜ死んではいけないのか?

という答えはまー僕なりの結論がでましたが

なぜ生きなきゃいけないのか?

と問われたら

返答に困ってしまいます



死んではいけないから生きないといけない

という回答は

「ねー私のこと好きなの?」

と聞かれ

「嫌いじゃないよ」

というのに似ています

嫌いじゃないから好き

死んではいけないから生きないといけない

どうもしっくりきません



この世の中

ろくな人間はいないし

面白いこともさしてないし

なぜ生きなきゃいけないのか?

と問われたら

そーだよね・・・

と返すことしか

僕にはできないのです


頑張れよ

いいことあるじゃん


などと言う気にはなりません

世の中

いい加減で適当なやつが

社会の甘い蜜を吸うと

相場は決まっているからです

いいことは滅多にないからです

貧乏くじを引き続けるからです



そんなの自分の責任だ

努力しろよ


と言われたらどうでしょうか?

努力できる環境にいるというのは

それだけですでに幸せな環境にいるということです

そんな環境にいない人はどうするのでしょうか?


なんで人は生きてるのだろうか?

ということを

思えば小学校時代から考えていたわけで

未だに結論がつかず

まー結論がでないまま死んで行くのも

また一興であります


人生に疲れない方法は

期待しない

これにつきます

期待するとろくなことはありません

しかし

自分が廃人になる可能性があるので

うまくにんじんでもぶら下げて生きていくしかありません


まーこういったことを言えるというのも

幸せということですがね



以上野狐禅でした
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by koji_endo | 2006-09-27 11:50 | 人生

ふと思うと

僕が時たま人に語る人生論は

すべて

はだしのゲンに由来していることが

最近また漫画を読み直していて

わかった



小学校から進歩できず・・・



僕は時間にルーズな奴が

死ぬほど嫌いな人間であるが

まーそんなことを言っていたら

世の中の

9割の人間とは付き合えなくなるからやめていた



まー付き合いたいと思う人間はほぼ皆無に等しいが

それは

社会たるもの

人と接点をもっていなければ

しゃべり場に出てくる

「わたしは人とはあわないの。わたしは特別なの」

と言っている意味不明な人と同じになってしまう



まー

大学生活は

自分自身いかに適当に生きるかの模索である

社会との接点を模索する場所である


自己満、自己中はいいと前に書いたが

これは

自己満、自己中ではない人にとって

そう思った方が生きやすいよ

このクソ社会は


ということであり

普段から意味不明な

自己中人間にとっての言葉ではない




昨日飲んだ奴は

相変わらず

集合時間の30分前に来る奴で

こういう奴とは

一生の付き合いがあるんだろうな

とふと思った




百人の友達より

一人の連帯保証人



まー僕はこんなことをよく言うが

はだしのゲンにもこんなことが

書いてあった
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by koji_endo | 2006-05-24 01:06 | 人生

ふにゃふにゃ

自分の価値観を揺るがすもの

それは時に

人だったり

本だったり

絵画だったり

音楽だったり


でも

確実にタイミングというものがある

小学、中学、高校、大学、社会人、

同じ本を読んだとしても全く感じ方は違うと思うし

同じ人に会ったとしても

ある時は感動したり、ある時は軽蔑したりするかもしれない



例えば夏目漱石の「坊ちゃん」

小学校の読書感想文などで

「子供の頃から親譲りの無鉄砲で~」

一行読んで

「知るか~!!」とつっこんで読むのをやめた人は多いと思うが

実は

坊ちゃん

三四郎

それから

これは三部作になっており

日本の成長過程を風刺したものとなっている

「親譲りの無鉄砲」

この一言が

ペリーが着てから日本が開国し

一連の急速な近代化の進行への懐疑と警鐘を鳴らしているわけだ


鼻水垂らして短パンからハミチンの小坊主と

ちょっと本を書かれた経緯を知った後の人では

夏目漱石のありがたさは

一円にも千円にもなるだろう



僕が思う大学生活というのは

何かに揺さぶられ

自分の中の価値観をハンマーで打ち壊し

またそれを形作り

そしてまたハンマーで打ち壊す

その繰り返しで終わっていいと思う

例えその形が不細工なものだとしても

薄っぺらい形の整ったものよりも

はるかに魅力的である


「何かやらなきゃ」

と言っている人が多いが

まー適当に生きていいと思いますよ

何か現役生に限って将来のことを考えすぎているような気がする

僕のようになるのは問題だけど

もっと色んな世界を見ていいと思うのよ

そしていろんな人、物に出会って

尊敬したり

感動したり

好きになったり




ふにゃふにゃ

基本的に僕の考えはふにゃふにゃだ

別に何でもありだと思っている

物事には色んな面がある訳だし

色んな角度から物事を見たいと思っている

そのためには柔軟な思考が必要でしょ

ふにゃふにゃじゃない部分は

「自分がやられてやなことは人にはするな。」

「自分に厳しく人にやさしく。」

ということぐらいかな

後は別に変わっていい




外国人のチンポはでかいが柔らかいという

だからアナルセックスができるらしい

日本人は固いのであまり不向きらしい

外人にサイズが負けたからと言って

なにも自信をなくすことはない

固さで勝負だ!!

やつらは頭が固く下半身が柔らかい

インポヤローだ



頭はこんにゃく

下半身はダイヤモンド

こんな感じで生きてると

けっこうおもろいと思うよ♪
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by koji_endo | 2005-10-27 21:21 | 人生

ふとした瞬間

静から動が生まれ

動から静が生まれる

生から死が生まれ

死から生が生まれる



何もない日々から

何かが

生まれる
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by koji_endo | 2005-08-23 12:59 | 人生

手でゴマをすりすぎて指紋がなくなりました

昨日中・高校時代の友達6人で飲んでいた

いつになってもくだらない昔のネタで盛り上がれるのは面白い


その飲み会で

やはり人に媚びるようになったら人生終わるな

と思った

そして

媚びるのを「お前はかわいい奴だ」と受け入れている上の立場の奴も終わっている

こいつは若い頃媚びていたのだろう

だから同じ奴をかわいがる

政治がコネ、権力、金だと言ったが

僕達の人間関係も実際にはコネ、権力、金で

支配されている

僕はそういった表面上のものをとっぱらい

その人の人間性を見ていきたい




僕の中・高の友達関係は面白いもので

今でも頻繁に会う奴は

梶田、森岡、金崎、Y氏

あたりであるが

梶田と森岡は仲が悪い

梶田と金崎は仲が悪い

森岡と金崎は仲が悪い

よく考えれば

こいつらの共通点は

人に媚びないことだと思う

あと人間付き合いが下手なこと(排他的ってこと)

それぞれ特定の分野で面白いセンスを持っていると思う(僕は人を褒めることは滅多にない)

お互いに似ているから

仲が悪いんだろ結局

そこらへんも面白くていい



まーY氏は人付き合いにおいて波風を立たせず上手くやる男なので

誰にでも合わせることが可能だ

それはY氏が服は脱ぐが空気は読めるという

Y氏が持っている気質によるところが大きい

それに加えて

野球部にいたからではないか??

などと昨日の飲み会でふと思ってしまった

あの中にいればね・・・

僕は腰を壊して途中で辞めたが(ついでに学校も辞めようと思った)

今思えばそれはかなり良かったことのように思える



いやー今振り返ると

よく辞めずに中学・高校を卒業できたものだ

今思い出すだけでも吐き気がするほどむかつくことだらけだった

多分今後の僕の人生で

中学・高校ほどむかつくことはないと思う

すべてが平和だ
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by koji_endo | 2005-08-21 11:04 | 人生

プライド

プライドという名の鎖で縛られていた

いつからか

何も身動きがとれなくなった

そう感じた僕は

鎖を外した

外すのには

高校を卒業してから

三年の歳月が必要だった

外した瞬間

生きやすくなった


最低限のプライドは必要である

何があっても譲れないところ

でも

人に見せるものでもないし

ましてや人に見せびらかすものでもない

自分の絶対に譲れないところだけを

自分の心の内に留めておけばいいと思う




今日はとある男と飲んでいた

元来、そいつも僕もプライドの塊のような男で男尊女卑爆発であった

プライドの高い男はとりわけ男尊女卑である

確実に言える

現在の二人の違いは

自分が泣ける女に出会ったかどうか

の一点である

なんだかんだ言って

男を変えるのは女のような気がしてならない




○○よ!!

いい女に出会っておくれ

そして

泣け!!






女性の皆様へ


普段男は下ネタばっかりしか言わず

女などやれればいいや

ぐらいにしか思っていないように感じられるかもしれませんが

それは男同士のなんというか

コミュニケーションみたいなもんで

完全に照れ隠しです

最近よく思うのが

男同士

女とやった、チューした、胸がでかい、テクニシャンなど(行為、身体)の話はよくしますが

実際の自分が本当に好きな女については

何で好きなのか、どこが好きなのかなど(精神)の話は

あまり語ろうともしませんし、聞こうともしないように思われます

(僕はブログに書いているだけです)

実は皆純情なのです

弥勒菩薩のような面持ちで

長い目で見守ってやってください
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by koji_endo | 2005-08-13 01:35 | 人生

なだいなだが出てきたので

僕が同じ作者の人の本を十冊ぐらい持っている人として

なだいなだ

養老孟司

小室直樹

がある


なだいなだは精神科医で

「民族というの名の宗教」「権威と権力」がおすすめ

プラトンがソクラテスを登場させ対話形式をとっているように

なだいなだも自分と架空の人物との対話形式をとっており

話は理解しやすいが

書いてあることはものすごく深い


養老孟司は解剖学者で

「バカの壁」で有名だが

あれはあの人自身が書いたものではない

よく売れているが・・・

「唯脳論」「カミとヒトとの解剖学」がおすすめ

唯脳論ははっきりいって難しい

世界が脳で一元化できると解説には書いてあるが

本人は違うところで

唯脳論は世界が脳で一元化できるということのアンチテーゼだといっている

解説も間違うぐらい難しい

スピノザ、デカルト、丸山真男などなど

思想界のオールスターが登場するので難しいはずである

「カミとヒトの解剖学」はまじオススメ

僕は普段本を読むとき鉛筆で気になったところや面白いところに線をひきながら読むのだが

この本は鉛筆だらけになった


ネタをばらすとこのブログは元はだいたいこの二人の本を読んだことを思い出して

なんか書いているのである

ただし、くさいことは書いていない・・・


勝手に思うにアラビア語の教授もこの二人の本を何冊か読んでいると思う

結構知っている話がおおいから

精神科医、解剖学者、宗教学者

精神、脳・身体、宗教

この三つはかなり同じ領域なのである

ソクラテスはカミの声を聞いたとか言われているが

癲癇持ちだったらしい

癲癇持ちの人には神の声が聞こえるらしい

イエスもムハンマドも癲癇持ちだったのかもしれない

こんなことを言ったら殺されそうだ・・・

脳のある部分を刺激すればかなりラリれたりするらしい

脳の手術をした人などは神的なものを見たりするらしい

人が何か分からない物体を見たとき

それが光に近いと神とか天使とかいい

それが闇に近いと悪魔とかお化けとかいうのだろう

たぶん




小室直樹はめっちゃ右

僕は真ん中だが

右か左かと問われたら左の人間だと思う

でも右か左かというのもナンセンスで

右の言い分もいいとこもあれば

左の言い分もいいとこもある

問題ごとに変えていけばいいと思う



まー天皇があまり好きではないし

国旗もなぜか抵抗がある

理由はない

僕がジェットコースターを嫌いなようなものである

まー「はだしのゲン」を小学校時代に読みすぎたせいであろう

「天皇のくそったれ」という言葉が全10巻のうちに何回でてきたかわからない

あれを幼い頃に読むと僕のようなひねくれ人間ができあがるのかもしれない

この人は日本が原爆を落とされてアメリカにむかついたので

京大の理学部に入って復讐しようと思ったらしい

ファンキーなじじいである

語り口が痛快で呼んでいるとおもしろい

3年前に「イスラム原論」というのを一番最初に読んだときに面白いと思ったが

今のかなりイスラムの知識がついた状態で読むとどう思うかはわからない

「資本主義原論」とかも面白かった気がする


最近本読んでねーな

こんな暇なのに・・・

10単位しかないのに

アメフトの練習を合わせると週6学校に行っている僕





今からSOUL VS ツインライナーいってきやーす♪
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by koji_endo | 2005-06-25 14:24 | 人生

黒と白の誘惑

黒の人

白の人

どちらかに傾くのは簡単だ

その間に漂っていたい

僕はグレーの人
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by koji_endo | 2005-06-07 18:13 | 人生

世の中の糞な人たちへ

「蝉」という題の詩を夏休みの宿題で中学2年の時に書いた


「蝉」  2年B組  遠藤浩二


蝉は五年以上暗い土の中にいる

太陽の下で過ごすのは一週間

その一週間にすべてをかける

あの夏の鳴き声には

蝉の精一杯の生が感じられる

多くの人が

電車のように

敷かれたレールの上にそって

人生を生きている

そんな長くて生を感じられない生き方ならば

蝉のような短くても生を感じられる生き方の方がいい




たしかこんな感じだったと思う

中学二年時

僕は権力と戦っていた

金があり力のある一生徒の親にぺこぺこする教師

その糞教師にぺこぺこする生徒

中学時代は世の中にうんざりしていた



他人の力によって生きるのではなく自分の力で生きようと思っていた

人生では何かをやらなければならないと思っていた

生きている証拠を残さなければと思っていた

有名になろうと思っていた



今は違う

今は何かに追われていない

昔はくだらない人を見て自分はこうはなりたくないと思っていたが

今はおもしろい人を見てこうなりたいと思うようになった

コネや権力が大嫌いなのは今も変わっていないが
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by koji_endo | 2005-06-04 21:14 | 人生