予告通りいきます
でも、最初に断っておきます
多分、イスラムに興味ない人が見たら全く何言ってんだかわからないと思います
最後のジハードの方はためになるかも♪
シャリーアはイスラム法の中の一つである
イスラム法はシャリーア、フィクフ、カーヌーンなどに分けられる
シャリーアはコーランに書かれていること、つまり神が立法者
フィクフはムハンマドが周りの人にいったことをまとめたもの(論語みてーだ!!)
カーヌーンは人が作った憲法や法律(近代法はすべてこれだろ!!)
イスラム圏の国はコーランに書かれていることがすべてで
これが生活の規範になると同時に法律にもなる
宗教規範=法律なのである
この法律だがムハンマドが神から託された言葉を元にして編纂されたコーランを読み解き
時代に即して宗教者、学者、などが法律を適用させる
解釈学みたいなものであろう。たぶん・・・。
(解釈学。これは聞きなれない人が多いと思うが、それもそのはず。文学部の大学院にいってようやく登場する学問なのである。時代の背景などを照らし合わせ、古い文献などを読み解くものである。)
で、このシャリーア
重要なのは神が立法者ということ
人間が作ったものではないので、憲法改正や法律改正などが起こる余地はない
人間はとかく胡散臭い生き物なので、その生き物が作った法律は変わっていくに決まっている
しかし、神という絶対者が作ったものは変わらないのである
と10億人を越える人達は思っている
このシャリーアの一般的特質として
天啓性、倫理性、事実性、人間性、調和性、包括性が挙げられる
まー今日は天啓性について語っておくか
天啓性、ラッバーニーヤとアラビア語で訳されるものであるが
ラッブは主、主人という意味でこの主はアッラーを表す
これが多分この中で一番重要なものである
神を主と置く、しかし、単に神の奴隷(アブド)になれとはコーランには書かれていない
学ぶこと、教えることによってラッバーニーヤになれと書かれているのである
つまり、神と人間の関係には一方的な主従関係ではなく
人間の努力の介在の必要性を説いているのである
人がそれぞれ努力をしたうえで、神に仕えるというのが本来のイスラム教徒のあり方
昨日テロがロンドンで起こったが、「神のご加護を」とかいってテロを行っているのだろうが、
あんなのは本来のイスラムの教えからは脱線もいいとこである
で、「努力」と連呼したのには訳がある
ジハードという言葉なら皆も聞いたことがあると思う
これは聖戦だとか訳されている
9.11後では自爆テロの意味にもとられているのではないか??
「ジハード」の本来の意味は「努力する」という意味
「イジュティハード」という言葉の意味も「努力する」という意味であるが
ニュアンスが少し違う
ジハードは「~に対する努力」 つまり、外側に向かっていく努力であり
イジュティハードは「自らが努力」 つまり、内側に向かっていく努力なのである
テロなどは現状のイスラムの立場を嘆き
外側に対する努力として暴力的な行為を行ってしまっているのである
努力間違いである
合コンなどの機会に、女の前で
「これからのイスラム社会には
ジハードからイジュティハードの転換が必要なんだよね。
コーランに帰ろうぜ!!原点だ!原点回帰だ!」
と声高に言ってあげよう
ドン引きされるか、「あなたが家に帰れば」といわれるかの二択だのはずだ!!
お持ち帰りの確率は0を下回りマイナスに突入するはずだ!!
イスラム関連の本を何十冊か読んだが、書いている本人がイスラム教徒ではないためにこのようなコーランからの本質的議論は全くでてこない。イスラムを理解するにはやはりアラビア語だろ~。イスラム教徒の教授の去年の授業で習ったことを思い出して書いたが、この授業はクソ難しく理解するのが難しかったが(200人ぐらい受講しているはずなのに、出席をとらないから来るのは4分の1以下でしかも教室の大半が寝ている)まー自分の中では消化できたと思うので書いてみました。